書評『へんしん不要』(餅井アンナ著)|あなた=わたしに向けられることば

書評『へんしん不要』(餅井アンナ著)|あなた=わたしに向けられることば

こんにちは、調子はどうですか。挨拶代わりに「元気ですか」と聞かれると、ちょっと言葉に詰まってしまう。私はもうずっとそんな感じです。だから、ここでは元気の有無は聞かないことにします。元気があってもなくても、調子が良くても悪くても、あなたがこのお便りを読んでくれていることが嬉しい。

『へんしん不要』p.7

書き出しから100%の私事で至極恐縮だが、2020年は本当に最悪の年だった。東へ歩けば金銭トラブル、西へ逃げれば人間関係がめちゃくちゃに、南に転じれば体調を崩すわ転んで歯を折るわのてんてこまい、そして北にはウイルス禍で出向けない……

正直、参ってしまって気持ちがふさいだ。好きだった本をとんと読まなくなり、映画も観なくなった。何を読んでも、観ても、置いていかれてしまうような心地がするのである。

インターネットには気が滅入るニュースが連投され、時折流れてくる動物の可愛い動画をツイートするbotに癒されたかと思えば、そのbotがよくわからないサプリのPRをやっていたりして一気に心が荒むこともあった。

そんなこんなでSNSに罵詈雑言や被害妄想の類を投げ込んではめそめそやっていた時に、餅井アンナさん(@shokuniinsuru)からご恵贈いただいたのが『へんしん不要』だった。ライターである餅井アンナさんの「落ち込みがちな日々」が文通形式で綴られている本である。

直接会って楽しくお話ができたらいいけれど、私にはあまり元気が足りていない。だからこれから毎日、お便りで近況をお伝えしようと思っています。基本的に家の中で体調を崩したり、精神の安定を欠いたりしているだけなので、あまり面白いものではないかもしれません。

『へんしん不要』p.11

当たり前といえば当たり前だけれど、映画や本が「わたし」を見てくれる事は少ない。スクリーンに投じられたスペクタクルな光の明滅や、紙に刷られた記号……そういったものに双方向的なコミュニケーションを求めるのはもちろんおかしな話だ。

そこにはあらかじめ用意された物語があり、読者/観客はそれを楽しむ。「読者諸賢におかれては」なんて大仰かつ形式的に、「読者としてのわたし」への呼びかけはあっても、「わたしそのもの」を眼差してくれる本にはなかなか出会えない。

こんにちは、毎日寒さが応えますね。お部屋は暖かいですか? 居心地よく過ごせていますか? 私は冬にやられていますが、どうにか持ちこたえています。日に何度も不安になるし、夕方にテレビでやっている「かいけつゾロリ」や「おじゃる丸」を見てさめざめ泣いたりしてはいるものの、部屋は暖かくして電気もつけているし、ご飯もそこそこ食べられています。

この夜をどうにかやり過ごすだけの「大丈夫」を 『へんしん不要』p.62

けれど、餅井さんは絶えず「あなた」=「わたし」に呼びかけてくれる。お元気ですか? お天気は? 今日はこんなことがありました。昔あんなことがありました。

「それにつけても生きていくことのなんと難いことか」とおよおよ泣き散らしそうになることがある。金銭/人間トラブル、身体の不調、ウイルス禍……もうダメだおしまいだ、と崩れかけた時に、餅井さんのことばが日常の中に立ちあらわれる。

人間関係が物理的に隔てられるならば、心の距離はどれほど離れてしまうのだろう。こんな状況の中、「そこに在るだけでいい」と認めてくれること、語りかけてくれる誰かがいることの尊さ。個人主義が加速し、アップグレードを過剰に求められる中で、元気があってもなくても、調子が良くても悪くても、ただそこに居ることが認められることのあたたかさ。

この本があなたを助けられるものだとは思いません。ただ、本を読むという行為はやや「時間かせぎ」に似ているというか、たとえば今晩もう消えてしまいたくてたまらない、というときなどに、目で文字を追いかけるだけでも、ほんの少し気がそらせるような、そんな感じがします(私がいつもそうしているというだけなのですが)。

『へんしん不要』刊行となりました

2020年に、『へんしん不要』が読めて、良かった。生きてきた中で一番しんどかった年にこの本が手元に届いて、良かった。そう思えるのは、餅井さんが言うような「時間かせぎ」……心の傷が癒えるまでの時間を耐え忍ぶための読書ができたのも一因かもしれない。

でも、この本だからこそ癒える傷というものが、確かにあった。読後に、「『へんしん不要』でなければならなかった」と思えることができた。そういう本に出会えたことは、この上ない幸運でした。餅井さん、ありがとうございました。

著者の餅井アンナさんのサイトで試し読み・購入が可能です。

https://www.mochii-anna.com/henshinhuyo

タバブックス様のサイトから『へんしん不要』を購入すると限定でレターセットが届くとのことです!

https://tababooks.stores.jp/items/5f7e9a6e3ae0f45c056c166b

文:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

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