お願いだから後ろに立たないでください

お願いだから後ろに立たないでください

「ゴルゴ13なの?」と今までに10回近く言われた気がする。射撃がうまいわけではない(そもそも試したことがない)。「お願いだからわたしの後ろに立たないでください」と頼んだだけだ。

苦行の地、美容院

ゴルゴ13は他人に背後に立たれることを嫌い、立たれると殴り飛ばしてしまうらしい。これは危険な人生を歩む彼の身を守るためだと思われるが、わたしが「後ろに立たれる」のを耐えられない理由は他にある。

「自分のすぐ近くの、見えないところで音がする」ことが無理なのだ。強いて言うなら、背筋を指でツーっとされたときの感覚に近いかもしれない。身近な人間には伝えておく、電車ではイヤホンをしておく(それでも咳をされたらどうにもならないが)などしておけば、日常生活でさほど困ることはない。

それでも、数ヶ月に一度は「至近距離で音がしまくる場所」で2時間ほど過ごさねばならない。美容院だ。

訓練で乗り越えられるならそうしたい

この10年近く、わたしが世話になった美容師は3人だけだ。シャンプー担当者が毎回変わるのは非常に困るし、他のお客さんに醜態をさらしたくないから、スタッフがひとりしかいない美容院を探して通っている。以下、はじめて彼らにシャンプーしてもらうときの会話例である。

例のイスに座り、仰向けに倒される。気休めの深呼吸。「あの、わたしシャンプーの音が苦手で。わあとか言っちゃうと思うんですけど、気にしないでください」「なるほど?」何を言っているのかわからないですよね、わかります。ただ苦手なだけならわたしが耐えれば済むけれど、非常に困ったことに身体が反応してしまうのだ。これはもう我慢とかいう問題ではない。誰だってシャンプー中にいきなり脇腹をくすぐられたら、声が出たりピクッとしてしまったりするだろう。

「じゃあお湯だしていきますね〜。大丈夫ですか?」「はい……」明らかに跳ねた肩を見て美容師が声をかけてくれる。大丈夫じゃないんです、頭頂部の先で蛇口をひねる「キュッ」からの「シャーーー」は、もう全然大丈夫じゃないんです。

ボトルからシャンプーが出る音の大きいことよ。頭皮をワシワシされる感触は嫌いではないというかむしろ好きだし、それに伴って鳴る音も平気だ。でも毛先の泡を絞る(?)ときの「ジュッ」はもう逃げ出したいし、すすぎのために再び響く「キュッ」と「シャーーー」は何回やったって慣れない、むしろ逆かもしれない。この間何度も「くすぐったいですか?」「お湯の温度変えますか?」と声をかけてもらうが、そのたび「大丈夫です……」と返すしかない。ああ、やめて、洗面台にお湯を張ってピチャピチャしないで。

シャンプーとコンディショナーを終えた時点でかなりの体力を消耗しているが、こんな客の相手をする美容師も大変である。「水が苦手なんですか?」と訊かれたこともあるけれど、別に泳げるし水に関わるトラウマもない。タオルを取り出す音でさえも嫌だから、それは原因ではないだろう。「耳栓してみます?」という提案は「いやそんなん、耳栓の向こうで響く音が気になりすぎて余計無理」と思ってお断りした。

会話し続けて気をそらすことで多少はマシになることがわかってきたが、笑いながらも心の中では「ヒー」と叫んでいるし、やっぱり肩は跳ねる。

ドライヤーは平気で(我ながら不思議だ)、カラーのときに耳にはめるビニールのキャップもそんなにつらくはない。ショートヘアにすると登場するバリカンはもう本当にダメで、スイッチが入って「ウィー」と鳴りだした時点から「がんばろう、一瞬で終わる」「うわー近い」と毎回大騒ぎだった。「美容院に行く頻度を下げれば良いのでは?」と思ったこともあるが、髪が伸びれば伸びるほど、すなわち音の出どころが頭から遠ざかれば遠ざかるほど気持ち悪さが倍増するのだ。これに気づいて以降、基本的にはボブで過ごしている(上述の通り、短くしすぎるとバリカンという敵が現れる)。

「こういう人、他に見たことありますか?」と美容師たちに尋ねてみても、返事はいつも「いませんね」だった。たしかにわたしの周りにも仲間はいない。そんなにマイノリティなのか、それとも特殊な訓練を積んでひた隠しにしているのか、そもそも美容院に行かずに過ごしているのか。もし解決策があるなら教えてほしい。誤解のないように申し添えておくが、わたしは「美容院に行って美容師と話しながら髪型を変えてもらうこと」自体は好きなのだ。

ちなみに、音ではなく「鏡が苦手だっていうお客さん」が来たことならあるらしい。「その時は鏡に布をかけてカットしたね」とのこと。本当に、苦手なものは人それぞれである。

文:鵜(@asparagus168)

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