美容院に行くたびに、おしゃれな店のおしゃれな椅子に座っておしゃれな鏡に映っているおしゃれでない自分のせいで、おしゃれな美容師のお兄さんお姉さんが気をつかいつづけなければならないのがたまらなく申し訳なくなる。
もう、かれこれ12年くらい美容師さんに心の中で謝罪しながら生きている。席に座るときに椅子を動かしてくれるシステムとか、ほんとうに申し訳ない。あれなに? 要る?「椅子くらい自分で動かしますので」と思ってしまう。
そうなってくると「スタンプカードくらい自分で押しますので」「シャンプーくらい自分でやりますので」とつながり、「髪くらい自分で切りますので」まで行き着くころには、もはやなんのために美容院に来ているか分からなくなっている。
おしゃれなひとたちがこわい
おしゃれな美容師さんと会話をするのがこわい。スクールカースト上位のきらきらした世界に身を置いていた殿上人と何を話していいか全く分からない。学生時代に周囲に馴染めなかった人間の美容院苦手率を測ると、そこそこの数字になるはず。
そもそも、希望のヘアスタイルを伝えることができないので、美容師さんとの会話が初っ端から詰んでいる。自分の中で「正解」を持ち合わせていないのだから、希望を伝えるもなにもない。
しかしヘアカタログから希望の髪型を選ぶなんてこともできない。「掲載されている髪型はモデルさんの顔が整っているから成り立っているのであって、おまえの顔じゃあ似合わないよ」と思われるのがこわいからだ。
かといって「なんかいい感じにしてください」では美容師さんも困る。「以前の自分の写真を見せて『こんな感じにしてください』と頼めばいい」という意見もあるみたいだけれど、見せられる自分の写真もないし、自分の写真を見せる勇気もない。
結果、要領を得ないしどろもどろの発注をしてしまい、結果美容師さんをもっと困らせることになる。つらい。申し訳ない。
「また”吸い”が来た」
たまにお茶とか珈琲とかを出してくれるおそろしい美容院があって、それもつらい。あれはどのタイミングで飲めばいいんですか? たいていカット後のシャンプーから帰ってくると用意していただいている印象があるのだけれど。ドライヤーしてもらいながら飲むのはちょっと……でも髪が乾いたらもうお会計だし……用意してくれたのに残すのは失礼……などと考えた末、シャンプーから帰ってきて美容師さんがドライヤーを用意している一瞬の隙をついて一息に飲み干すようにしている。自分が猫舌なのを忘れてホットコーヒーとかを頼んでしまうともうゲームオーバーで、口の中がただれるくらい火傷した状態で髪を乾かしてもらう形になる。美容師さんから見たらめちゃめちゃ気持ち悪い客だろうな。「妖怪珈琲吸い」っていうあだ名付けられてそう。
妖怪珈琲吸いに化すともう二度とその美容院には行くことができない。たぶん店の予約をした段階で、美容師さんたちが「”珈琲吸い”が来るよ」と嫌な顔をして、予約表かなにかに「18:00〜19:00 “吸い”来店」と書き記すに決まっている。
こうなると美容院を追放されしエグザイルとしてホットペッパービューティーをさすらい続けるほかない。クーポンを片手に市内の美容院を荒しまわる、ぼさぼさ髪のバガボンド。楽園はどこに……
美容院エグザイル、あるいは美容院バガボンドたちは果てなき流転を繰り返し、自分の思い通りにならない髪型と口内の熱傷に苦しみつづけるよう宿命づけられているのである。ほんとつらいです。美容師の友達が居るといいな。誰かいろいろおねがいします。
文:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)
この文章は2016年12月に自身のnoteかブログに載せていたものです。