「なんかそれ違うだろ」と思うことが結構多い。でも絶対言ってはいけないことだということも分かっている。私に女友達が少ないのはだいたいこの悪癖が原因だ。気づいたらママ友なんて一人もいなかった。
余計な一言を言ってしまう
去年のクリスマスは子連れでホームパーティーを開いた。ちっちゃいクリスマスツリーを持ってきてくれたクリツリちゃんと(なんかエロい)、サンタさんの赤い帽子を撮影用に持ってきてくれた赤帽ちゃんと3人で。
赤帽ちゃんはいつも旦那を悪く言う。「あの男、稼ぎが少ないくせに帰ったらすぐ寝てさ~」とかいろいろ。わたしはぼんやりと「稼ぎが多くないと睡眠すら人の許可が要るのかあ」と思いながら、「いやなんかそれ違くない?」と言い出しそうなもう一人の自分の後ろ頭を殴った。
クリツリちゃんが「写真撮ろ~」と言ってスマホをかざしてきた。ディスプレイに加工アプリで宇宙人みたいに目が大きくなった自分が映る。赤帽ちゃんが、クリツリちゃんと私に赤いサンタ帽を配る。
「え、これ私たちがかぶるの?子供じゃなくて?」
「子供にも後でかぶせるけど、まずは私たちの写真撮ろう」
まじかよ、と思った私、今年でめでたく31歳。嫌だったけど仕方なくかぶる。
すると、赤帽ちゃんが赤いお手玉みたいなのを取り出して、「赤鼻のトナカイみたいに鼻につけよう」と言った。
え、と思った瞬間には、声が出ていた。
「なんかそれ違くない?サンタなのに鼻赤いのおかしくない?」
クリツリちゃんと赤帽ちゃんは固まる。しばしの沈黙の後、「たしかに~」と言って赤帽ちゃんが赤鼻をもいだ。あ、もいだ、と思った。もう一度構えたスマホの画面には、ひきつった3人の笑顔が微妙な距離感でおさまっていた。
あれ以来、そのふたりとは集まっていない。だから私には女友達ができない。
相手を傷つける言葉が口から出てしまう
先日、家に独身の友人が遊びに来た。その子のことを私は脳内で(身も蓋もないが)不倫子ちゃんと呼んでいた。
「あたしの彼、最近冷たくてさあ。仕事が忙しいって言うの。本当かどうか私生活が知りたいからインスタにフォローリクエスト送ってみてくんない?」
「彼」は既婚者で、私と一切面識のない人だった。「別にいいよ」と言ってフォローリクエストを送ると、なぜか秒でリクエストが許可された。
「フォローできたよ」
そう言うと、不倫子ちゃんが「えッッ!!!!」と絶叫してのけぞった。そして次の瞬間「見せて!」と身を乗り出してきた。
「えぇえ……」
ちょっと本音が漏れた。わたしは自分の持ち物を人に触られるのがあまり好きではない。会計の時に「おつりあげる」と言って財布に触れられる時以外は。
不倫子ちゃんは、私の心底嫌そうな様子を察したようで「じゃあ、家族の写真あるか見てくれない?」と言った。普通にめっちゃあった。嫁の写真も娘の写真もがっつりとあった。けれど面倒だったので「ないよ」と嘘をついた。
「よかったあ~」と彼女が胸を撫で下ろしたのも束の間、「じゃあ、じゃあさ、フォロワーの中に奥さんいるか見てくんない?」と再び頼んできた。わたしの中の小人たちが一斉に「めんどくさっ!」と声を揃える。
でも、そういうことは言ってはいけないのだ。女の友情というやつは。去年のクリスマスと同じ過ちを繰り返すなんて野暮だ。私は64という絶妙にどうでもいいフォロワー数の数字をタップした。
上から下まで知らない人のアカウントででスマホの液晶がずらりと埋まる。スクロールしても、知らない人。これも、これも、これも。どうでもいいアイコン並んでんな。しかも女ばっかやんけ。
いや、言っちゃダメです。言っちゃダメ。
スクロールを続ける。それらしき人を探す。ああ、もう、言っちゃダメ言うな言うな言うな………
「なんかそれ違くない?」
言うなって!!!!!!!!!!!!
「不倫子ちゃんさあ、彼と彼の家族が親密かどうかなんて私には関係ないし勿論あんたにも関係ないし、なんの義理があって私が赤の他人のインスタをリサーチせにゃいけんわけ?そんなスパイみたいに詮索するから重くて逃げられてんじゃないの?まじでやばい奴みたいだからやめたほうがいいよ、だいたい私べつに不倫反対派じゃないけどいかにゆうても31でそれは痛いとおもう!!!」
止まらなかった。ていうか不倫子ちゃんって口に出してしまった。我に返ると、目の前の不倫子ちゃんはめちゃくちゃ傷ついた顔をして目のふちに涙を溜めていた。
「そうだよね、ごめんね、私って最低だよね……」
わああーんと漫画みたいに声に出して不倫子ちゃんは号泣した。机に突っ伏して嗚咽する彼女を前に、「今年もやっちまった……」と私は天井を仰いだ。
不倫子ちゃんはその一週間後に「彼と別れました!」みたいな投稿をTwitterにあげていた。私はその見知らぬサラリーマンのインスタのフォローをそっと外した。
ダメだと分かっているのに言ってしまう
どうしてダメだと分かっているのに思ったことをそのまま口に出してしまうのだろう? わたしは親指で缶ビールを開ける。プシュッという音が、言い訳の合図。
そう、つまり、ダメなことがダメなんじゃない、ダメだと分かっているのにやってしまうあたりがマジでダメなのだ。そして、ダメだと分かっているのにやってしまう自分を結局毎回許してしまう。憎めない。なんならかわいい。自分のそういうところが好き。ごめん、本当は、全然悪いと思ってない。その証拠に、今こうして反省しながら飲んでいるビールは悲しいかな美味い。自己愛の味がする。
今夜もずぶずぶにダメな自分を甘やかして、わたしは不倫子ちゃんの別れましたツイートにそっといいねを押した。晩酌用のデスクライトの下で、赤いハートがぱっと灯る。いいね、不倫も。無神経なのも。ダメなのも。数回まではセーフだね。一本締めみたいな息を吐いて、心がすっとした夏の終わりだった。
それにしても、友達が減るたびに文章書くのが捗る。きっと一番ダメなのは、「なんかそれ違うだろ」と思ってしまうことでも、それを口に出してしまうことでもなく、こうしてすぐ誰かを文章のネタにしてしまうことなんだろう。
文:みくりや佐代子(@chaco_note)(note)
ひねくれ主婦ライター。1988年広島県生まれ。週4で汁なし担々麺を食べる人。
編集:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)
ひねくれ仕事できないリーマン。1995年埼玉育ち。週7で安酒をあおる人。