距離感バグとのお付き合い

人との距離感がバグっている。

高校に入るまで、自分から誰かを遊びに誘ったこと一度もなかった。

友達はいた。「誘われやすいタイプ」ではあった。誘われるのはラクだ。そこに自分の意志を介入させなくていいから。飛び込まれたら受け身を取ればいい。

誘うことは、自分にとって大きなプレッシャーだった。もし嫌な顔をされたら。渋々承諾されたら。誰かと遊びたい気分の時でさえ、そんなことばかりを思って、口を噤んでいた。

距離の詰め方が、分からなかった。

高校に入ってからは多少成長して、少しずつ人を遊びに誘えるようになってきた。

彼女だってできた。同じ高校、同じ吹奏楽部の1つ後輩。

初めての彼女、しかも多感な時期だ。色々なことをしたいと思うのが普通だ。

彼女とは2年間付き合って、キスすらできなかった。初めて手を繋ぐまでに何ヶ月もかかった。その程度で充分に一大イベント。

まして、キスなんて、いったいどのタイミングで実行すればいいんだ?

お互いに初めての交際、さらに向こうは後輩。自分が引っ張らないといけないのに、距離の詰め方が分からないまま月日は流れ、やがて別れた。

次のお付き合いは、20歳のとき。お相手は同級生だった。

2回目のデート。

あれはお祭りの日だった。夜の街は人で溢れていて、少し移動するだけでも一苦労だった。途中ではぐれそうになって、僕たちは自然と手を繋いだ。初めて手を繋いだ。

それなのに、人混みを抜けた後、僕は手を離してしまった。

あのとき、僕は思ってしまった。「まだ早いかと思った」。

早いってなんだよ手を繋ぐ程度で早いも遅いもねえよ、へたれ!へたれ!

距離感バグだった。

手を繋ぐくらいなら前の彼女とも経験していたのに。急激に距離が縮まったことで、自分のペースが分からなくなってしまったのだ。

バグを修正できないまま祭の夜は終わり、数カ月後に交際も終わった。また、キスさえできなかった。

生々しいことが昔から苦手だった。

白状する。僕は、21歳の頃まで、性行為に嫌悪感すら覚えていた。

女性に興味はあった。女性の体への興味もあったし、キスやハグはしたかった。

でもそれ以上のことを考えると、頭の中がぐじゅぐじゅに塗りつぶされていく。

映像、いや文章ですら昔はダメだった。小説を読んでいて、性行為の部分になると、あまりの生々しさに目を背けてしまうくらいに。

就職して一年目の冬に、新しい彼女ができた。趣味の活動で仲良くなった人だった。

今度は付き合った初日から手を繋いだし、キスだってできた。体に触れることもできた。順調だ。

だけど僕たちは、平日の仕事、休日の趣味の活動、両方でいつもへとへとになっていた。せっかく会えても夜は既に疲労困憊。一緒のベッドで、なんとなく触れ合いながら眠りにつくだけだった。それ以上先に進むにはエネルギーが不足していた。

ある朝、僕はついに決意した。

夜ならエネルギーが足りない。だけど、よく寝た後の朝なら無問題だ。

日曜日の朝。必要なブツも持っている。大丈夫。

提案された彼女は、朝はちょっと、と難色を示した。

そこを押し切ることもできたかもしれない。まあそうだよねー、と一旦茶化して後日仕切り直すのも戦略上アリだったかもしれない。

僕は、なぜか謝っていた。

ガチガチに謝っていた訳ではなく、「ああ、うん、そうだよね、ごめんね」という感じだったと思う。だけどベッドの中で、無意識のうちに、彼女と距離を少し離していた。彼女も逆に困惑していたと思う。

そう、僕はまた、距離感バグを起こしていた。

それから程無くして、僕が精神を病んでしまったことがきっかけで、別れてしまった。

初夜を迎えることもなく。

少しずつは、成長してきたのかもしれない。

だけど今でも、気を抜くとすぐに頭がショートしそうになる。恋愛はそれを顕著にする。どうしても生身の体で触れ合うことになるから。恋人は欲しい。だけどまた同じような距離感バグが起こるのではないか。

不完全ですぐにバグって思考停止してしまう僕は、どうすればいいのか?

これは、1人で考え込んだって解決することではないと、僕自身が一番よく知っている。

僕は、誠実に、自分の欠点を相手と共有すべきなのだと思う。

白旗を振るわけではない。むしろ、誠実に人間関係を構築していきたいからだ。

距離感バグを1人で抱えようとすること自体が、既に距離感バグなのだから。

次に恋人が出来たら。バグの存在を共有して、修正パッチの形を2人で考えられたらいいのかなと思う。距離感なんて考えなくてもいいようになってほしい。触れ合うことへの怖さが消えて、安らぎに変わればいいなと思う。

文:倉海葉音(@hano888_yaw444)(note)

小説と音楽を中心に活動。小説では恋愛ものや現代ドラマを書き、音楽ではクラシック等の作曲を行う。街歩きも趣味としており、最近では「偽ヨーロッパ探し」「救命浮き輪写真」にハマっている。