やるせない夜の家系ラーメン

ご褒美ごはんは畏れ多い。ご褒美に預かれる活躍をしていないから。

私はしがない会社員なのだが、タスクが終わったかどうかではなく疲れちゃったかどうかを退社の基準にしている。そしてすぐ疲れちゃうので、ノルマを達成できなかった残念な気持ちで帰路につくことも少なくない。

今日もうだつがあがらなかったなあ……なんて思いで帰ってしまうと、うだつがあがることなんて一生ないような気がして、一晩中そのモヤモヤした気持ちを引きずってしまう。

そんなときは家に帰る前に、ある条件を満たす外食をして自分に助け舟を出してやる。

その条件とは以下の三つ。

・身に余るご褒美感がないこと

ご褒美感(高級感・豪華さや彩り)があると申し訳なくなって自己嫌悪に陥ってしまう。敗走兵なので。

・自暴自棄な気持ちに応えるジャンキーさ

信じたくはないが、昨日はダメで今日は微妙で明日は役立たずなんてことはままあることだ。それでもデスクでは大人しく座っていなければいけないので、味覚の上で暴れておく。

・無心で店内にいられること

丁寧に生きてる感じの人に遭遇したりそのような場所に行くと、雑な自分の人生と比べてしまいソワソワしてしまう。

ジャンキーなので体調が良くなっているわけではないと思うが、食べると気持ちがちょっと大丈夫になる。明日頑張れるかは別の話だけど、その日の晩はフラットな状態で過ごせる気がするのだ。

最近気づいたのだが、学生時代から今にいたるまで品を変えながら同じような心持ちで外食をしていた。

大学の授業についていけずフラフラになって入った小さな中華料理屋、遅番終わり・深夜1時の背脂味噌ラーメン。「ここいいね!」と共感してくれる友達はマジで少なかったのだが、私はその汚い店(ごめんなさい)でご飯を食べるたびに救われていた。

最近は家系ラーメンがその役を担うようになってきた。

仕事場では雲をつかむように朦朧と仕事をしている私だが、家系ラーメンを食べているときは思考がかなりクリアになって、どこに箸をつけてもいちいちハッとして美味しがっている。家系ラーメンを前にしたクリアな思考が、あまりにも局所的すぎて面白いのでちょっと書き残しておこうと思う。

一口目のスープ

一口目が一番美味しい。しかし、何の味がしてどう美味しいか、味の妙を感じる以前に「助かった」と強く思う。体からの「ストレス受けてるときは〜〜??」というコールに対して、自分の意志が「塩分・脂質・炭水化物〜〜!!」ときちんとした(?)レスポンスにたどり着いた安心感からなのだろうか。

糖分ではないが鶏油もなかなか強い甘みがあると思っているので、「疲れたときは甘いもの♡」の概念も満たしていそうな気がする。


具が愛おしい

スープを飲んで一息ついたら具にも意識を向けることができる。息をつくまもなく食べてはいるが、それぞれの具りくっきりと認識している。いわゆる“ゾーン”の状態には入っていると言えるだろう。

海苔は必ず増す

スープに合うのは言うまでもないが、濃いめの豚骨スープに浸っていても海苔本来の味を感じることもできる。家系ラーメンをよく食べるようになって、海苔がめちゃくちゃ好きになった。「海苔と言えば家系」という思考回路ができあがってしまったため、自宅で口寂しいときに海苔だけをパリパリと食べている。

唯一の良心、ほうれん草

ほうれん草を信頼している。ジムトレーナーが、お弁当には焼いた肉とほうれん草を入れていると言っていた。栄養価も上々らしい。その緑色は塩分と油分の暴力の中で一瞬だけ理性を取り戻させてくれる。「野菜食べようね」と。

うずら

うずらの卵(ゆで)は前職の酒屋チェーンで働いていたころ、店に置いている商品から各コンビニのプライベートブランドまで食べ比べするほどにハマッた時期があるので、もはや戦友だ。ジューシーな要素が多い中、凛とした固茹での食感はまさにどんぶりのジャンヌダルク。

チャーシュー

スープが強いので、他のラーメンよりは存在感は控えめなのかなとは思うが、脂に覆われたラーメンの上からさらにパンチを打ってくる。ハイになった私の脳内では「豚肉のビタミンB1には疲労回復の効果があります」という解説をいれて、罪悪感を和らげている。

にんにく

うちのおじいちゃんがにんにくを育てている。何を隠そう地元はにんにくの名産地なのだ。

にんにくの香りは、畑仕事の合間によく送り迎えをしてもらっていたおじいちゃんの車の中を思い出す。そんなにんにくサラブレットなので、にんにくを食べているという事実だけで否応無しに元気になる。あと、臭くなることへの躊躇を捨てることで誰にも負けない気がする。


ライスも絶対頼む

ラーメンのみの時点でかなりヤバイのだが、わたしは絶対ライスも頼む。なぜならライスとともに完食することで達成感と万能感が得られるからだ。

ごはんだけでなんで? と自分でも思うが、お腹が少々キツいときにも無駄な一口などないと思って食べ進めている。そして過不足ない満足感とともに完食できる。お腹がめちゃくちゃキツくても、精神的には過不足なしだ。

そして空いた茶碗を見て、私ってなんでもできるんじゃないか、と三分くらい思う。


ごちそうさまでした

実際、このような外食をしても明日頑張ろうとは思えない。頑張れないものは頑張れない。しかし、今日は助かった〜と思えるのだ。

一度週があけると、どうにもならない日は五、六日続く。うだつの上がらない日々の中で、今日まではとりあえず過ごし終えたな、とアンカーをおろす気持ちで私は家系ラーメンを食べている

明日に残した仕事のことを考える隙がないほど、目の前の一杯に対してこまごまと多くを感じていることだけは伝えられたかな、と思う。

みなさんにも、そんなごはんはありますか。

文:愛着バグ(@oboro225)

1994年生まれ。お湯を沸かすことと手紙を書くことが好き。ぼんやりしている。

編集:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

1995年生まれ。ぼくもぼんやりしています。

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