もうおれをプリキュアに変身させないでくれ

もうおれをプリキュアに変身させないでくれ

最近、プリキュアになってしまう。プリティでもキュアキュアでもなんでもない、二十三歳の男なのに、プリキュアになってしまう。正義感がバグって極端に鋭敏になっており、悪いことをしている人間を見ると猛烈に怒りをおぼえてしまうのである。

近所のスーパーに、ベルマークを集めるための箱がしつらえられている。地元の小学生が図工の時間か何かに作ったであろうその箱は、色とりどりに飾り立てられており、「ベルマークをあつめよう!」と明記されている。そんないじらしい箱に、要らなくなったレシートをねじ込む心無い人間が居る。複数人居る。「一つでも多くのベルマークが集まりますように」と小学生が丹精込めて作った箱に、バカみたいに度数が高いチューハイばかりを買ったレシートがくしゃくしゃになってねじ込まれているのを見ると、もう完ッッ全にプリキュアになってしまう。

この箱は!!!!! ベルマーク入れだって!!!!! 書いてあるでしょう!?!?!?!?!? ゴミ箱じゃないの!!!!!!!!

くしゃくしゃになったレシートを取り出してゴミ箱に捨てながら、自分の中のプリキュアを鎮める。おれは、特殊な力はなにも持っておらず、世の中のあらゆる不条理とうまく付き合っていかなければいけない一般男性(二十三歳・会社員)だからだ。プリキュアへの変身は非常に多くのエネルギーを必要とする。体力が少ない中でプリキュアになってしまうと家で動けなくなってしまうほどである。「怒る」という行為ははひどく燃費が悪い。エネルギーを使う割には得られるものがなにもない。もうプリキュアには変身するまい。

そう思っていたのだけれど、数日前に変身した。しっかりめに悪に立ち向かってしまった。いつものスーパーで、四十代とも五十代とも見える女性がベルマーク用の箱にレシートをねじこむ瞬間を目撃してしまったのである。もう変身しないと誓ったのに、おれのなかのプリキュアが俄かに口上を切りはじめる。デュアル!!!!!!!!!! オーロラウェ〜〜〜〜〜〜〜ブ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「これ、ゴミ箱じゃないですよ」

そう仕掛けると、巨悪はおれを一瞥したあと、舌打ちしてその場を去っていった。戦うこともなく、かといってレシートを箱から取り出すわけでもなく。

残されたのはゴミがねじこまれたベルマーク収集の箱とプリキュアに変身してしまったおれ(一般男性・二十三歳会社員)だけだった。スーパーのBGMが虚しく響く中で、おれはゆっくり、時間をかけて、プリキュアの衣装を脱ぎ、レシートをゴミ箱に捨て、帰宅し、買った食品を冷蔵庫にしまうこともなく布団に倒れこむ。戦えや。せめて戦えや!!!!!!

「正義の反対はまた別の正義」ということばがある(ちなみにこのことばは『クレヨンしんちゃん』の野原ひろしが言ったのだと思っていたのだけれど、そうではないらしい)。全きその通りである。政治的な思想にしろ芸術へのまなざしにしろ、誰かが正しいと信じ込んでいる正義を否定する権利は誰にもない。ヴォルテールも「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけても守る」と言っていた。

正義の反対は別の正義だ。わかる。めっちゃわかる。けれど、なにをどう考えたってベルマークを集める箱にゴミを入れるのは「別の正義」じゃないでしょう!?!?!?!ポイ捨てとか、悪口とか、他人を苦しめるために傷つけることは、「別の正義」じゃないでしょう!!??!?!?!? それは純然たる「悪」でしょう!?!?!?!?!? やめてよ!!!!!

あらゆる悪意に過敏に反応していると、疲れる。とても疲れる。もういやだ。プリキュアになりたくない。やめてくれ。人間として最低限のモラルみたいなものは全員守って生きてくれ。わがままなお願いにはなるのだけれど、せめておれの目の前では遵守してくれ。もうおれを、プリキュアに変身させないでくれ。

文: 渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

編集:コガ(@ayako_k_cuckoo)

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