やめられない とまらない ネットストーキング

ネットストーキングは自傷行為のようなものだ。

これはあくまでもわたしにとって、という話。ひょっとしたらインターネットの広い海のなかには、罪悪感も抱かず、自責の念にも駆られず、のびのびとネットストーキングを楽しんでいる猛者もいるかもしれない。ああ、なんて羨ましいんだろう。わたしもできることなら後ろめたい思いをせずにネットストーキングを楽しみたかった。あるいはネットストーキングなどしなくても不自由しない健全な精神か、ネットストーキングへの欲求を断ち切る自制心がほしかった。

ネットストーキング――通称「ネトスト」とは、インターネット上で特定の誰かの情報を追いかけまくってしまう行為だ。本名や住所といった個人情報を収集し、現実でのストーキングに発展してしまうケースもあるけれど、もちろん本稿はそうした過激な行動を推奨するものではない(むしろ断固として反対である)。わたしがこれから語ろうとしているネトストは、現実でつきまとうためとか、相手の弱みを握るためとか、そのような目的意識とは無縁の、いわば「ネトストのためのネトスト」とも呼ぶべき活動なのである。

アカウントを特定して相手に話しかけるわけでも、相手と親しい人物に嫌がらせをするわけでもない。ただ単に探してしまう。見てしまう。その結果何がどうなるということもない。強いて言うなら自分は傷ついている。「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」と自己嫌悪に陥り、「あの人のこんなところを知りたくなかった」と失望や羨望や嫉妬がない交ぜになったどす黒い感情を覚える。そんなことなら、はなからネトストをしなければ良さそうなものだけれど、いかんせん意志が弱いので、理性がくだした判断とは裏腹の行動をとってしまうのだった。「ネトストはよくない」というモラルはあるのに、「ネトストをしない」という自制心が皆無なのである。

さて、ここからはネトスト常習犯のわたしが無意識のうちについつい取ってしまうネットストーキング行為についていくつかほど紹介する。恐らくネトスト界隈ではごく一般的な行動だとおもわれるが、ネトスト手法の参考にするもよし、こうはなるまいと他山の石とするもよし、自衛のためにご自身のSNS運用を見直すきっかけとされるもよし(また、「こんな方法もあるよ」という先達からのアドバイスもこっそりお待ちしています)。

 

何はともあれこれが、大切なことはすべてインターネットから教わった人間の成れの果てである。

 

1.とりあえず本名をググる

現実で出会ってフルネームを知っている場合や、インターネットで出会ってなんらかのきっかけで本名を知った場合――この頃はLINEを交換するタイミングで本名を知ることが多い。LINEの登録名を漢字表記のフルネームにするのは考えものである――は、とりあえずGoogleで検索してみる。そうすると、大抵の場合Facebookが出てくるので、それが自分の探している人物のページなのか確認し、一致すれば一通り内容に目を通す。

アイコンやカバー画像、友達の数、公開されているのであれば過去の投稿も。「親しい他人に撮ってもらったとおぼしき楽しげなアイコン画…」「友達数200人強、誕生日のおめでとうコメント50件超えという生々しいリア充感…」「全世界に向けて堂々と出身校を公開しているメンタル…」など、大概まずこの時点で傷ついてしまう。先に書いたのはあくまでも一例で、すべてのネトスト相手が「生々しいリア充」とは限らないけれど、どんな実態であったとしても、Facebookに記載された情報から少しもダメージを受けないということはない。

Facebookのほか、相手によっては勤務先の情報や、過去に執筆した論文などがヒットすることもある(わたしは過去に大学院生だったことがあるので、こういったケースにも出くわすのだった)。無論その場合もインターネット上でさらえる限りの情報はさらっておくし、無料で読める論文なら読んでおく。我ながらどうしてこんなことに限りある時間と体力をさいているのかは分からない。

 

2.SNSのアカウントを特定する

現実で出会った相手でも、インターネットを通じて出会った相手でも、なんらかの事情でSNSのアカウントを教えていない――教えられないケースはたくさんある。用途によって繋がるツールを使い分けているとか。また、たとえば同じTwitterでも、現実の知人と繋がっているアカウントと趣味の仲間と繋がっているアカウントを分けているとか。わたし自身、親しい友人であってもすべてのSNSアカウントを共有している相手はほとんどいないし、他者と程よい距離感を保ちながら円滑な関係を築いていくための手段のひとつでもあるだろう。

しかしそうは言っても、だ。わたしには見せてくれないあの人の別の顔が見たい、とやむにやまれぬ欲望に駆られてしまうことがある。知らない方がいいと頭では分かっていても、気付いたら手がTwitterを起動している。Instagramを開いている。

アカウントを特定するにはさまざまな方法が考えられるけれど、ヒントは日頃の会話の随所に散りばめられているものだ。いつ誰とどこへ出掛けただとか、どんなお店で何を食べただとか、相手が何気なく洩らしたキーワードを頼りに後はひたすら検索である。地道で泥くさい作業だけれど、ネトストの道とはこういうものなのだ。たとえば相手が仕事で出雲へ日帰り出張していると聞けば、「出張」「出雲」「日帰り」「飛行機」「縁結び」など、さまざまなことばを組み合わせてとにかく検索あるのみ。途方もないようにおもえるけれど、案外これでお目当てのアカウントが見つかったりする。ネトストの検索力と執念深さを侮ってはいけない。別のアカウントで同じ話題を取り上げていたり、現実で話したことがらをSNSにも書き込んでいたりする相手は、ある意味ネトストの良いカモなのである。

 

3.Twitterの鍵アカを特定する

たとえばなんらかの好意や関心を抱いている相手と、Twitterで繋がっているとしよう。普段のツイートの端々から「ひょっとして鍵アカがあるのでは?」と感じることはないだろうか。わたしはある。そして往々にしてその勘は当たる。野性の勘ならぬ、ネトストの勘である。

Twitterでは「フォローする/される」というシンプルな関係性のほか、「ツイート通知を設定する」「フォローはしないが非公開リストで見る」「相手のホーム画面に飛んでいいねしたツイートが増えていないか確認する」「IDを検索して相手へのリプライをチェックする」など、さまざまな距離感を持って他者と接することが可能となっている。微塵もネトストの素質のない人からしてみれば、「え、そこまでする?」という内容かもしれないけれど、もちろんそこまでするのである。

鍵アカの特定は思いのほかスムーズに進むことが多い。というのも、普段から興味を持っている相手であれば「相手のツイートをよくいいねしている人/相手がよくツイートをいいねしている人」や、「相手がよくリプライを飛ばしている人/相手によくリプライを飛ばしている人」や、「会話の内容から相手にごく近しいとおもわれる人(リア友や親族など)」といった、Twitter上の基本的な人間関係はすでに押さえているからだ。「鍵アカがあるのでは?」という勘が閃いたら、心当たりのあるいくつかのアカウントのフォロー/フォロワー欄に片っ端から目を通していけばいいのだ。

恐らくこれだろうという鍵アカを見つけても、もちろんフォローリクエストは送らない。ただ思い出したときにホーム画面を訪問し、「また名前が変わったな」とか「いつの間にかフォロー数が増えてる」とか、目に見える範囲で変化を追う。鍵アカはIDごと変更されることもしばしばなので、そういうときはまた相手と繋がっていそうなアカウントのフォロー/フォロワー欄をたどるところからやり直せばいい。

 

こうして書いてみると改めておもうけれど、ネトストをされる方はきっとたまったものじゃないだろう。何度目になるか分からない自己嫌悪に駆られながらも、自制心のないわたしはまた間違った方向に舵を切ろうとしてしまう。「相手に恐怖心を与えないよう、絶対に気付かれないよう細心の注意を払ってネトストを続けよう」と。もうダメです。

文: なめこ(@vknty133)

編集:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

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