【第2回】逃げるは勝ちだしすぐ休め-休職復職再休職

<第1回はこちら>

社会に出てからの夏というのは、私にとって常に辛いものだった。記憶の大半を占めるのは、カーテンの隙間から差し込む朝の光とともに、ようやく睡魔が襲いかかる午前5時ごろの「またこんな時間まで起きてしまった」という後悔だ。

合間合間で有休を取りつつ、だましだましやっていた私の精神は遂に限界を迎え、1度は保留にした心療内科の診断書を上長に提出し、社会人1年目の夏休みを得た。7月末ごろだったと記憶している。

休職中は、6時台に起きる必要性も、1時間半の通勤も、ましてや怒られることなどなく、私を苦しめていた要因はゼロに。それでも、辛い日々だった。

休み始めた頃は、ほとんど外に出られなかった。仕事ですり減った私には気力というものは一切残っておらず、人と会わないのでシャワーも数日に一度。時には通院すらままならず、リスケしてしまった。

 

なにもできない夏休み

夜にすんなり寝付けないので、深夜ラジオを聴きながらTwitterのTLを漁ったり、昔観たアニメや読んだ漫画を見返したり。とにかく「ベッドの上で完結すること」とともに睡魔がやってくるのを待ち、空が明るくなる頃に寝て、昼過ぎに起床。食事を摂ってまた寝て、夕食を摂ってまたうとうとして、結局まっとうな時間に寝られない、という繰り返し。

今となっては必然だったと思う。すり減り切った気力の中で、考えるという行為ができるはずもなく、能動的になにかをするのはそもそも無理だ。徹底的に、なにも考えることなくダラダラし、なにかを考えられる状態まで息を抜くというのが休職の正しい捉え方だと、いち個人としては考えている。当時の私に会えたとして、こんなことを言ったところで気休めにもならなかったろうが。

休職から1ヶ月もすると、なんとなく仕事がしたくなってくる。「このままダラダラしていると、社会復帰できなくなるのではないか?」という不安とともに。当たり前のことだが、人間は本人の発言を正と取る。医者であろうと上司であろうと、私が「もう大丈夫です!働きたいです!」と言えば、それはYESなのだ。本人含め、一抹の不安はあれど。

 

誤認、時期尚早。1度目の復帰と2度目の休職

9月の頭に復帰し、その後は件の教育担当が別チームに異動となり、私以外のメンバーが上長含め全員女性という環境に変わった。昔から男社会が苦手な私(特に「昭和の体育会系」みたいな人間が、とても苦手である)にとって、仕事のしやすい環境だった。

それでも、営業として10月からの新予算を追わねばならず、そのヨミが一切立っていない私は焦る。最初は教育担当とのコミュニケーションに起因するものだったが、今度は自分で自分を勝手に追い込んでいた。当時、自分なりにストレスコントロールしようと、アルコール度数の高いチョコ(今冬は出るのかわからないが、3〜4%のものが当時売っていたように記憶している)をエナジードリンクで流し込むと、カクテルを飲んでいる気分になれて、少し気が紛れるという限界ライフハックを行なっていたが、これに関してはあまり真似しないほうがいいと思う。

今だから言えるが、同行なしで営業に出られる機会も増えてきた頃だったので、合間を見つけて擬似カクテルではなく、本当に酒を飲むことも時々あった。ある程度アルコール耐性はあり、顔に出なかったので「この方がリラックスして商談ができて、デスクに戻っても落ち着いて仕事ができる」と自分を騙していた。

そんなことをしていれば当然限界は来る。11月末ごろだったろうか、商談前に過呼吸を起こし、翌日から数日休んだ。この時も即時休職にはせず様子は見たが、結局駄目で再休職。1ヶ月半の休職なんて、表層の不安を取り除く程度にしかならないと、当時の私はまだ知らない。

文:ウスイダイスケ(@usui_daisuke)

編集:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

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