21歳の誕生日

 

21歳の誕生日の朝、いつものように、起きてすぐiPhoneのホームボタンを押した。カーテンを開ける代わりにブルーライトを浴びながら、ひとつも通知のないロック画面を見つめた。去年までは、誕生日を祝うメールやLINEが片手で数えられるくらいは入っていたのに。

これは紛れもなく、自ら招いた結果だった。友達が1人もいなかったとか、嫌われていたとかではない。

祝われるのが苦手という理由で、誕生日を人に教えていなかったからだ。

 

メールやSNSでのやりとりならいいのだが、直接「おめでとう」と言われたりプレゼントを貰ったりすると、喜ばなければいけないというプレッシャーを感じてしまう。

いわゆる「サプライズ」は最悪だ。準備の手間の分、プレッシャーが増す。もちろん祝ってくれる気持ちは嬉しいのだが、もともと感情の起伏が乏しいのと、驚きや喜びを表現するのが苦手なので「わ〜〜!ありがとう〜!嬉しい!」というような、一般的なリアクションができない。

 

 

もっと喜ぶことを期待されているのではないか、祝ってやったのに喜ばない薄情者と思われるのではないかと不安になる。

それに、祝われたら相手の誕生日も同じように祝わなければならないという義務感が発生する。祝われるのと同様に祝うのも苦手だ。

そもそも誕生日がおめでたいものなのか、祝わなければいけないのか、という疑問もある。ちょうどひとつ歳をとったからといって何だと言うのか。

いつもと変わらない、365日のうちの1日だ。この日もいつものように大学へ行き、特に誰かと話すこともなく、授業を受けて最寄り駅に戻った。

2年以上毎日のように歩いている駅前の商店街も、少しずつ変わっている。最近ブティックが閉店したスペースにできたロッテリアの向こうに、日が沈もうとしていた。

 

 

思えばなんだかんだ20歳までは、家族や友人など、誰かしらが祝ってくれていた。

誕生日を聞かれてもなるべく教えないようにしているが、しつこく聞かれて教えたり、何かの拍子でバレてしまうこともあるので、誰にも教えていないわけではない。

実家にいた18歳までは両親が祝ってくれていたし、高校ではクラス全員の誕生日を壁に掲示するという最悪な企画があったので、クラスメイトから0時ちょうどにメールが届いたりしていた。19歳と20歳の時も、大学の友達が何人か祝ってくれた。

家族とも離れて、高校の友人や大学1年の頃の友人たちとはだんだん疎遠になり、祝われることが苦手と公言していたせいもあってか、ついに祝ってくれる人が1人もいなくなったのだ。

 

 

誰にも祝われないのももったいない気がして、せめて自分で自分を祝おうと、商店街の喫茶店に入った。歳を重ねるにつれて甘いケーキを食べると気持ち悪くなってしまうようになったので、フルーツパフェを注文した。

隣のテーブルでは常連らしき老夫婦が「あなたもいつものでいいでしょう?じゃあ、いつものね」と注文したあと、仲睦まじくお喋りをしている。

「あそこの魚屋さんやってた人、亡くなったらしいわよ」

「そうかあ、まだ元気だったのになあ」

「ねえ」

 

 

毎年、高校時代好きだった人が「誕生日おめでとう」と短いLINEをくれることが私の密かな青春だった。しかし、それも今年は来ない。きっと特に深い理由は無いのだろう。当時からそれほど仲良くないクラスメイトにもLINEを送っていた彼は、卒業後も誕生日を覚えている人には送っているらしい。ただのクラスメイトだった私は、彼の青春の片隅にも存在していないだろうし、21歳にもなれば、成人式にも同窓会にも参加しなかった私の誕生日を忘れてしまうのは自然なことだ。

おそらくもうやりとりをすることはないであろうトーク画面を眺めていると、パフェが運ばれてきた。

パフェの1番上に乗っているオレンジの皮には、剥がし忘れられた小さな青いシールが貼り付いていた。

 

 

ちょうど隣のテーブルには「お待たせ致しました」と「いつもの」が運ばれてくる。おばあさんがオムライスで、おじいさんがビーフシチュー。

その時、iPhoneに「誕生日おめでとう」というLINEメッセージが表示された。小学校卒業以来連絡を取っていなかった友達からで、たまたま誕生日を思い出したので連絡してみたとのことだった。

彼女とは疎遠になって久しいが、当時は仲が良くお互いの誕生日にプレゼントを送り合っていた。

 

 

そういえば、私も小学生の頃オムライスが大好きで、誕生日には毎年お母さんがオムライスとケーキを作ってくれた。

あの頃は誕生日といえば、好きなものが食べられて欲しいものを買ってもらえる楽しいイベントだったのに、いつからこうなってしまったのだろう。

20歳の誕生日にはようやく大人になったと感じられたが、21歳の誕生日には、人生の下り坂への第一歩を踏み出してしまったような気がした。

 

 

これから22歳、23歳、24歳と、どんどん歳を取って死も近づいた時、私には隣の老夫婦のような誰かと共有できる「いつもの」はあるのだろうか。

 

 

21年間生きてきて初めて、自分の中に寂しいという感情があるのを感じた。

決していつも周りに人がいたわけではない。友達が1人もいなかった中学生の頃も、毎日弁当を1人で食べていた高校生の頃も、一人暮らしをしている今も、寂しいなんて思ったことはなかったのに、なぜか今日だけは寂しい。

パフェを食べ終えて喫茶店を後にし、家に帰ってもその寂しさは消化できないでいた。

夜になって、お母さんからHappy Birthdayとだけ書かれたメールが来た。

誰にも祝われなくてもいいと思ってきたのに1人で過ごす誕生日が寂しかったのは、どんなに辛い日も乗り越えて生きてきた私の21年間が報われないような気がしたからかもしれない。

そんなことを考えながら小学校の友達とお母さんに「ありがとう」と返信して、眠りについた。

 

 

この日から1年半以上が経ち、私は今年で23歳になる。今でも祝われるのが苦手なことには変わりはなく、22歳の誕生日はついにお母さんにも祝われなかった。

だが、今回21歳の誕生日を振り返って、誕生日を祝うことは1つ歳をとったことや生まれてきたことへの感謝などではなく「今日でちょうど生きて◯年だね、がんばったね」と褒めることだと解釈することで、少し受け入れやすくなるのではないかと思った。なので今年は、もっと誕生日を人に教えて、祝われることに挑戦したいと思っている。

 

 

 

文:絶対に終電を逃さない女 (@YPFiGtH)

編集:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

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