【第1回】逃げるは勝ちだしすぐ休め-こうして人は潰れてゆく

はじめに

現在新卒3年目の私は、精神疾患(抑うつ/適応障害/ADHDなどさまざまな診断を受けたが、結局どれが本当だったのかわからない)を理由に3度の休職(累計6ヶ月)を経験した。

 

最後の休職から復帰して、はや11ヶ月が過ぎ、今は肉体も精神も健全そのものである(「健全なる精神は健全なる身体に宿る」というのはよくできた言葉だ)。支えてくれた皆さまに、復帰できる環境を提供してくれた会社に、最大級の感謝を。

 

本稿では「入った会社をすぐ辞めちゃもったいない」とか「とっとと転職しろ」とか「フリーランスでやっていけ」とか、そういうことを言うつもりは一切ない。私が同じ会社に居続けているのは、あくまで私にとってそれがベターな選択肢であっただけで、数回にわたって「無理だと思ったら休め、仕事がすべてじゃない」という旨のことを、つらつら書き連ねるだけだ。

 

このテキストが、現状に悩み、希死念慮がちらつくような環境にいる方へ届き、そんな状況からでも復帰できるんだと、少しでも救いになれば幸いである。

 

やめられないお酒、やめられない煙草、やめられない仕事

Webメディアの広告営業としてキャリアをスタートさせた私は、選考中、常に「営業っぽくないよね」と言われ続けて来た。学生時代、業務委託でライター業に従事していた私は、第1志望だった百貨店を落ちてから、ぼんやりと「メディアで生きていこう」と考えるに至った。

 

メディアにおいて川下のライター、お金を引っ張ってくる川上の営業、メディアとライターの間に立つ川中の編集。

すべてを経験すれば、少なくともメディアで生きていく上では食いっぱぐれないだろうという甘い考えのもと営業職を志望し、無事配属された。

 

しかしながら、文化系ど真ん中で、大きな失敗をしてこなかった甘ちゃんサブカルクソ野郎の精神はもろかった。

 

課せられたタスクの多さと教育担当の叱責で精神はあっという間にぐちゃぐちゃになり、5月の末にはビールか鬼殺しを片手に煙草を吸い、虚ろな目で歩く機械に成り果てた。

 

とある案件の進行中、日中のデスクで「お前営業辞めろ」とオフィスに響き渡る声量で怒鳴られた時には、もう限界だった。休職前夜、22歳のことである。

 

機械の成れの果て

ぐちゃぐちゃになったあとも、「仕事を辞める」なんて選択肢は出てこなかった。続けるか死ぬか、それだけだった。嫌な言い方になるが、営業成績は同期の中で最も良く、周囲から見れば順調に見えただろう。

 

それでも私は、課せられたこともロクにこなせない自分が嫌になり、だんだんと眠りにつくのが怖くなった。朝が来れば、出社しなければならないからだ。心も体もボロボロになり、これ以上は無理だと気づいた6月頭の午前3時。自宅付近の心療内科の予約を取り、定時直前「電車に乗れなくなりました」と嘘の電話を上長に入れ、その足で門を叩いた。

 

その日は診断書をもらわず、ロラゼパムという抗不安薬を処方され、その足で午後から会社に向かった。上長と面談をし、まずは一週間休んで、ゆっくり考えようとなった。そこで得られた束の間平穏も意味を成さず、結局は診断書をもらい、7月末頃、正式に休職。

 

3度累計6ヶ月、休職生活のはじまりだった。

 

文:ウスイダイスケ(@usui_daisuke)

編集:渡良瀬ニュータウン(@cqhack)

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